歴史
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先人たちの意志が脈々と

福原 敏晃現会長 福原 敏晃

 一般社団法人 兵庫県洋菓子協会(以下:協会)は、上部団体の一般社団法人日本洋菓子協会連合会(原光雄会長)に加盟する全国47都道府県の洋菓子協会の中で一番古い歴史ある組合です。

 現会長の福原 敏晃は15代目で、会員数は1000人を数えます。
協会の前身である「兵庫県洋菓子協同組合」が発足したのは、昭和21(1946)年12月のことです。

 当時は、戦後の混乱期で統制経済の続く中、洋菓子業界は混迷の最中にあり、先人たちが業者の利益を守るためには組合を結成することが一番だと立ち上がり、『兵庫県洋菓子協同組合』(初代会長=西村建太郎氏)が発足しました。

昭和29年に開かれた洋菓子講習会昭和29年に開かれた洋菓子講習会

 本組合が発足10周年を迎えた昭和32年(1957)11月に初代・西村建太郎、2代目・東中清一会長の後を受けた3代目の茶屋岩盛会長のもと、「兵庫県洋菓子組合」に改組し、洋菓子技術の研究、各種講習会やコンテストの実施、若手技術者の育成、県民への洋菓子のアピールなど、発足以来、先人たちが築きあげてきた伝統を受け継いで規模も拡大していきました。

 その当時の正会員は、宝塚、西宮、東灘、灘、葺合、生田、兵庫、長田、須磨、明石、姫路の各地区を合わせて106人。準会員は59人、賛助会員は6社でした。

  • 昭和59年第9回西日本洋菓子コンテスト風景昭和59年第9回西日本洋菓子
    コンテスト風景
  • 全国初の洋菓子会館 誕生全国初の洋菓子会館 誕生
  • 現在の技術部現在の技術部

 昭和60年(1985)6月には、全国47都道府県の洋菓子組合(協会)に先がけて、単独の組合としては最初の『兵庫県洋菓子会館』が現在地に開設され、初代代表取締役には霜田利治氏が就任しました。

本組合が現在の「兵庫県洋菓子協会」に名称が変更されたのは平成2年(1990)5月で、その5年後の平成7年(1995)1月17日に発生した未曾有の阪神・淡路大震災で、協会加盟の営業者会員212社のうち、休業34店、本店工場の全壊23店、廃業15店という被害に見舞われましたが、全国の洋菓子協会皆様方から寄せられた温かい義援金により、この苦難を乗り越えて今日に至っています。

『一般社団法人 兵庫県洋菓子協会』の誕生

 当協会は、昭和21年設立以来、任意団体として今日まで活動してきましたが、11代会長の濵田正二氏(現相談役)が会長を退任したのち、協会の更なる社会的信用を願って『一般社団法人化』への移行を切望されたのを契機に、協会が一丸となって一般社団法人化』の実現に向けて、試行錯誤しながら司法書士佐藤・池永合同事務所の佐藤大輔所長の指導の下、協会の規定の整備、定款作成に取り組み、平成26年4月1日に『一般社団法人』設立登記の申請書を提出し、4月11日付で登記が完了して、『一般社団法人』となりました。

素晴らしい指導者を次々と輩出

 協会では、若手技術者の育成を最重点に掲げ、クリスマスケーキコンテスト、洋菓子フェスタin Kobeなどを実施し、技術の向上を図っています。また、毎年開催の西日本洋菓子コンテストや、5年に1度開催の全国洋菓子技術コンテスト大会に参加し、各部門で数多く優勝しています。特に、平成24年9月29日に開催されました「第7回全国洋菓子技術コンテスト大会」では、1~3位までを兵庫県勢が独占し、その技術力の高さは日本でもトップクラスです。

営業者会員の創業年と時代背景年表

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