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兵庫県洋菓子協会の歴史
兵庫県洋菓子協会会長 比屋根毅氏

一意専心で洋菓子に向き合うからこそ、
誰もがなし得なかった事を実現し続けて
きた
のが、比屋根毅兵庫県洋菓子協会
会長です。今回は、氏の洋菓子との出会
いから今に至るまでのさまざまな体験談
をお話いただきました。


本物の美しさと美味しさを追究し続け、前人未踏の記録を樹立

「いつまでも白衣を着る技術者でありたい」と語る比屋根毅氏は、全国的な人気を誇るアンテノールやヴィタメールを擁する株式会社エーデルワイスの会長であると同時に、全国一の会員数を誇る兵庫県洋菓子協会の会長としての肩書きを持つ。  そんな比屋根氏の毎日はまさに多忙を極めるが、冒頭の言葉通り、どんな立場にあっても、常に菓子職人としての真摯な姿勢を貫く氏は、今も毎日菓子づくりの現場に顔を出し、製品の出来不出来を厳しくチェックしている。そんな日課は、彼がエーデルワイスを立ち上げた40年前からなんら変わらない光景なのである。  兵庫県洋菓子協会会長としての活躍だけでも、多くの一流菓子職人から慕われ尊敬される彼だからこそなし得た成果が多い。まず会員数を倍に増やした。また、自社が地道な努力で切り開いたヨーロッパの老舗店への研修を、協会事業として実施し、さらに仕入れコストを効率化するために、協会員同士での共同配送も実現した。これらはいわばライバル同士とも言える同業者間が、互いに手を取りあって共生することを意味する。こんなことが実現したのも、40年の長きに渡って、自身が常に第一線で活躍しながらも後輩の育成に力を注ぎ、多くの優れた菓子職人を輩出し、彼等から慕い敬われている比屋根氏だからこそ。  生涯菓子づくり一筋と言う比屋根氏が、菓子職人としてのキャリアをスタートさせたのは約50年前。まだ10代だった彼は、当時「世界をもっと広く知りたい」という夢を叶えるために、通信士の資格取得を目指し、その学業の合間にアルバイトとして洋菓子店を選んだとか。ところがアルバイト先で修業するうちに、隠された才能がどんどん開花し始める。「洋菓子づくりには、美的感覚を要します。元々、絵を描くのが得意だった私は、向いていたのでしょうね」と氏が語るように、全国菓子大博覧会など権威ある洋菓子コンテストで10回の連続優勝を果たすなど(これは未だに破られていない記録)、洋菓子界の新星として大きな注目を集める。

不可能を可能にすることで、次のステップアップを実現

エーデルワイスを創業したのは1966年。この時も、洋菓子界の新星は、斬新な発想でヒット商品を生み出す。品質保持の問題で当時はバタークリームが全盛だったが、それを乳業メーカーとタイアップして、本格的な生クリームを使用した生シュークリームを販売、爆発的な人気を博す。 「当時、誰もが不可能だと思っていた生クリームの商品化だが、信念と努力で不可能を可能に変えられた。この手応えはとても大きかった」と、その勢いで、エーデルワイスをフランチャイズ展開し、一挙に150店舗まで拡大を果たす。いわば大量生産の時代だ。 しかし既にこの頃、ヨーロッパ各地の老舗洋菓子店を廻り、「より美味しい、より本物の上質な洋菓子を提供したい」と考えていた氏は、未だ世間は大量生産を良しとしていた1978年にアンテノールを設立。従来の路線とは一線を画す、高級な洋菓子を販売開始する。 「この頃、フランスのフォションと提携して、神戸・北野町に提携店を出した。本場そのままのスタイルで、総菜なども販売していたのですが、時代が早すぎたんです」と苦笑する比屋根氏だが、現代なら飛ぶように売れただろう。「ヨーロッパの長い伝統が培ってきた本物の菓子文化を伝えたい」想いは、当時も今も変わらない。その真っ直ぐな信条を実現するために、当時から思い定めた目標を果たすために黙々と活動し続けてきたし、今も続けている 。

洋菓子づくりに対する情熱が、ヨーロッパの老舗洋菓子店をも動かす

89年、常に技術者として研鑽する姿勢がひとつの大きな花を開かせた。「その技術は門外不出」と言われたベルギー王室御用達のヴィタメール社との技術提携を実現させ、世界を驚かせたのだ。「このきっかけは、横浜で開催された第一回ワールドケーキフェアで、グランプリ受賞したことでした。ヴィタメール氏に初めてお会いした時に言葉を越えて共鳴できたのも、お互いが洋菓子にすべてを傾注する技術者だったからだと思います。その片鱗をグランプリ作品で、彼等が感じ取ってくれたからこそ、出会えた」と比屋根氏は当時を振り返る。 「結局、日本人は何事も急ぎすぎる。伝統が培ってきた文化を受け継ぐには、ひたすらな努力と精進と、根気が必要です。それを成し遂げる者だけが、伝統を受け継ぐ信頼や絆を得られるのではないかと思う」ヴィタメール・ジャポンの設立後も、ドイツの老舗菓子店ハイネマンとの技術交流や、約200年の伝統を誇るスイス・チューリッヒのシュプリングリー社との30年越しの交流の末に遂に実現する技術提携など、次々と海外老舗店と連携プレーする実績が、彼の言葉に重みを加える。

大切なのは義理と人情。そして真摯な姿勢

「そうやって50回以上、ヨーロッパ各地を尋ね、一流の技術者達と交流するうちに実感するのは、常に真摯に洋菓子に向き合うことでしか、新しい発想や技術は生まれないということ。そして古い言葉のようですが、義理と人情を大切にしなければ、伝統を受け継ぐことはできない、ということです」そうやって50数年かけて得てきた技術者・比屋根毅としての膨大な知識やノウハウのひとつでも多くを、兵庫県洋菓子協会会長として次代にバトンを渡したいと強く願っている。
それが冒頭で紹介した協会の新しい試みの数々だ。
「美味しいという歓びは、国境を越えて伝えることができる。世界中に馴染みのある洋菓子だからこそ、伝えられる歓びを、これからも追究していきたい」と語る氏の次なる挑戦は、2008年に姫路市で開催される全国菓子博覧会だ。同会は、本来は和菓子協会が実行するのだが、今回は洋菓子協会も参加して、華やかに会を盛り上げる。新しい試みだからこそ、氏の豊かな経験とネットワークが大いに発揮されるに違いない。